はじめに
職場でこんな経験はありませんか?
休憩中は誰かの悪口を言っていたのに、その本人が現れた瞬間、
「お疲れ様です~!」
とまるで何事もなかったかのように笑顔になる人。
私はそんな人を間近で見たとき、
「え……。」
と本気で混乱しました。
「あの人、本当に無理」
「声を聞くだけでイライラする」
「絶対目が合わないように避けてます」
そんなふうに話していた相手に対して、実際に本人を目の前にすると、いやな顔一つしない。
それどころか、親しげ会話までしている。
最初は、「たとえ嫌いな相手でも職場だから態度には出さないほうがよね」
くらいに思っていました。
でも、それが何度も続くうちに、エスカレートする彼女の言葉と現実の態度の違和感が積み重なっていきました。
「さっきまであんなにひどい言い方をしていた相手に、どうしてそんなに普通に話せるの?」
その疑問は、やがて別の苦しさにもつながっていきました。
なぜなら私は、その人の「裏の顔」を知っている一方で、周囲の人たちから見えているのは、いつも笑顔で感じのいいひとだったからです。
裏表の激しさに感じた、言葉にできない違和感
私が一緒に働いていた同僚は、周囲から見ると、とても感じのいい人でした。
誰かに対して露骨に嫌な態度を取るわけでもありません。
丁寧な言葉遣いで、いつも笑顔。
少なくとも私が見ている限り、職場で「あの人、感じが悪いな」と思われるような振る舞いはほとんどありませんでした。
ところが、私と2人になると話が変わります。

「あの人、本当に嫌い」
「あの人ってこういうところあるよね」
「あの人、〇〇らしいですよ」
そんな話が次から次へと出てきます。
しかも、一度や二度ではありません。
仕事中、休憩中、帰り道。
二人になる時間があると、誰かの噂話や悪口が話題になることが多くありました。
そして器用に顔を切り換え、その話題の人物本人の前では仲良く、時には心配するそぶりをして親密に話す。そこで手に入れた情報をまた、話のネタにする…。
もちろん、ここで誤解してほしくないのは、本人の前で愛想良くすること自体が悪いことではないということです。
職場では、本音と建前を使い分けたほうが生きていきやすいと私も感じることがよくあります。
それ自体はむしろ大人として、必要なことなのかもしれません。
私が強い違和感を覚えたのは、陰で話している悪口の激しさと、本人の前で見せる親し気な態度との差があまりにも大きかったからでした。
「私だけが、この人の別の顔を知っている」という苦しさ

一番つらかったのは、そこでした。
周囲の人からすれば、その人は「いつも笑顔で感じのいい人」。
でも私は、
「この人、さっきまであの人のことをあんなに悪く言っていたのに……」
という事実を知っています。
だからといって、
「実はあの人、裏ではこんなことを言ってますよ」
と周囲に言いふらすわけにもいきません。
そんなことをすれば、今度は私が悪口を広めている人になってしまいます。
まして、相手が普段から感じよく振る舞っている人なら、
「そんなことをする人には見えないけど」
と思われるかもしれません。
実際、私自身もそう思われるのが怖くて、ずっと黙っていました。
「私が気にしすぎなのかな」
「ただの愚痴なのだから、聞き流せばいいのかな」
そんなふうに、自分の感じ方を疑うようになっていきました。
周囲からは「いい人」に見えていた
後々に行われた会社側との面談の中で、
「聞き流せなかったんだね」
という趣旨の言葉をかけられたことがありました。
その言葉は、今でも心に残っています。
もちろん、私を責めるために言われた言葉ではなかったのかもしれません。
でも当時の私は、
「問題は、悪口を言われたことではなく、私がそれを聞き流せなかったことなの?」
と感じてしまいました。
そこで初めて気づいたのです。
同じ職場で、同じ人物を見ていたはずなのに、
私と周囲の人では、彼女に対して見えている人物像がまったく違っていた。

周囲の人たちが見ていたのは「いつも笑顔で感じのいい人」。
私が見ていたのは、「二人になると他人の悪口や噂話を次々に話す人だけど周りには笑顔」。
どちらも、嘘ではありません。
同じ人が、違う場面で違う顔を見せていただけなのだと思います。
だからこそ、私だけがモヤモヤを抱えてしまいました。
なぜ、悪口を言う相手に本人の前では笑顔で接するの?
では、なぜそんなことができるのでしょうか。
もちろん、人によって理由は違います。
「職場で敵を作りたくない」
「仕事上の関係だから普通に接している」
「陰では愚痴を言うけれど、本人には直接言わない主義」
そんな人もいるでしょう。
だから、「本人の前で笑顔=性格が悪い」と決めつけることはできません。
ただ、私が実際に経験して感じたのは、いくつかの心理が重なっているケースがあるということです。

嫌われるリスクを避けたい
誰かを嫌っていたとしても、その本人から嫌われたいわけではない。
むしろ、
「自分は嫌われたくない」
「誰からも悪く思われたくない」
という気持ちが強い人ほど、表面上は誰にでも感じよく接することがあります。
本音は安全な場所で吐き出す。
本人の前では笑顔。
そうやって人間関係を使い分けているのかもしれません。
悪口が「コミュニケーション」になっている
もう一つは、悪口や噂話そのものが、人との距離を縮める手段になっているケースです。
「ここだけの話なんだけど……」
「実はあの人って……」
そんな秘密を共有すると、相手との間に一体感が生まれることがあります。
私自身も、最初の頃は「コフィりんさんにしかこんなこと話せないよ」と言われており、「私にだけ話してくれているんだ」と受け止めてしまっていました。
でも今なら分かります。
他人の悪口を話題にする人は、その場では聞き役だった人についても、別の場所で話している可能性があります。
これは、私が身をもって経験したことでした。
私のことも、どこかで話されていた
後になって分かったのですが、私自身についても、周囲にいろいろな話が伝えられていました。
そのとき、
「ああ……やっぱりそうだったんだ」
と思ってしまった自分がいました。
あれだけ他人の話をしていたのだから、私だけが例外だと思うほうが不自然だったのかもしれません。
でも、当時の私は、
「これだけ私に本音を打ち明けてくれているんだから、私にはそんなことをしないだろう」
と、どこかで思っていました。
相手にとって私は「安心して何でも話せる人」だったのかもしれません。
けれど、
「信頼されている」と「安全な聞き役にされている」は、まったく違います。
ここに気づくまで、私はかなり時間がかかりました。
私が一番後悔していること
今振り返ると、私が一番疲れてしまった原因は、
相手を理解しようとしすぎたこと
だったと思います。

「どうしてこの人はこんな話をいつもするんだろう?」
「私の受け取り方が間違っていて、悪口ではないのかな?」
「悪口を言わないときは真面目ないい人だし…」
そんなことをずっと考えていました。
相手の心理を分析して、
相手の気持ちを想像して、
自分の言動を振り返って。
気がつけば、私の頭の中は相手のことでいっぱいでした。
でも、今ならこう思います。
相手の心理を理解することと、相手の問題を背負うことは別です。
どんな理由があったとしても、私が毎日のように誰かの悪口を聞かされて疲れていたという事実は変わりません。
裏表のある人に振り回されないために、私が学んだこと
もし今、職場で同じような人に悩んでいるなら、私が一番伝えたいのは、
「相手の本当の性格を見抜こうとしすぎなくていい」
ということです。
「あの人はいい人なのか、悪い人なのか」
その答えを出す必要はありません。
ただ、
「私はこの人と話すと疲れる」
それだけ分かれば十分です。
悪口の聞き役にならない

「そうなんですね」
「へぇ、そういうことがあったんですね」
くらいにとどめて、必要以上に共感しない。話を広げない。
「それはひどい!」
「私もあんなことあったんだよね」
と一緒になってしまうと、共感してもらえたと思われて「同じ気持ちなんだ」と勘違いされる可能性があります。
自分から噂話を広げない
聞いた話を別の人に伝えない。
これだけでも、自分を守る大きな防波堤になります。
「私は聞いたけれど、そこには参加しない」
そんな距離感を持つことが大切でした。

相手の表の顔に惑わされない
周囲から「いい人」と評価されていても、
「じゃあ、私が感じた違和感は間違いだったんだ」
と、自分の感覚を否定しなくていい。
逆に、
「みんなが悪いと言っているから、あの人は悪い人だ」
と決めつける必要もありません。
人は、見る場所によって違う顔を持つ。
それくらいに考えておくと、少し楽になります。
周囲に分かってもらおうとしすぎない
これが一番難しいのですが、一番大切だったことです。
「あの人は本当はこういう人なんです」
と証明することはとても難しく、自分の時間も心もどんどん消耗します。
見える人には、いつか見えることもあります。
でも、それを待つ必要すらありません。
自分が距離を取れるなら、それでいい。
近くでその人の変貌っぷりを見ているのが一番苦しいのです。
「私がおかしいのかな」と思ったときに思い出してほしいこと
職場の人間関係で苦しくなっていると、

「私が気にしすぎなのかな…」
「私の心が狭いのかな…」
「もっと大人になって聞き流せばいいのかな…」
と、自分を責めてしまうことがあります。
でも、
嫌なものを嫌だと感じること自体は、悪いことではありません。
相手を攻撃する必要もありません。
相手の悪口を言い返す必要もありません。
ただ、
「私はこの会話が苦手だな」
「この人とは必要以上に深く関わらないようにしよう」
と、自分の心に境界線を引いていいのです。
私はあの経験を通して、
「人を理解すること」より「自分を守ること」のほうが大切な場面もある
と学びました。
まとめ|相手の本当の顔を暴くより、自分の心を守ろう

あの頃の私は、
「どうしてみんなの前ではいい人でいるのに、私の前では悪口をずっと言っているんだろう」
と、ずっと考えていました。
今でも、その人がなぜそうしていたのか、本当のところは分かりません。
裏で悪口を言えばその人に優しくできていたのかもしれません。
悪口を友人とのコミュニケーションの一つだと思っていたのかもしれない。
誰かに話すことでストレスを発散していたのかもしれません。
あるいは、私には分からない別の理由があったのかもしれません。
でも、もうその答えを必死に探す必要はないと思っています。
大切なのは、
「この人と関わると、私は疲れる」という自分自身の感覚に気づくこと。
そして、その感覚を無理に打ち消さないこと。
職場では、すべての人と分かり合う必要はありません。
誰かの裏の顔を暴く必要もありません。
必要な仕事をして、必要な会話だけをして、自分の心を守る。
それだけでも十分です。
もし今、誰かの言動にモヤモヤして、
「私がおかしいのかな」
と自分を責めているなら。
まずは一度、深呼吸してみてください。
あなたが感じた違和感まで、無理に消す必要はありません。
その人を変えることができなくても、
その人との距離を変えることはできます。
自分の心がすり減ってしまうほど、誰かのことを理解し続けなくてもいい。
あなたの毎日を守ることを、一番にしていいんです。




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