労基の現実|1人で労働基準監督署へ駆け込んだ10分間の無力感と、最大の教訓
退職日が近づくにつれ、私の中にはどうしても整理できない疑問が残っていました。
会社から告げられた契約終了の理由は「業務減少」。
しかし現場では新しい若いパート社員が採用され、さらに休職していた彼女も4月から復職することが決まっていました。
私が見ていた職場の状況と、会社から説明された理由がどうしても一致しませんでした。
「本当にこれで終わってしまうのだろうか。」
「何かできることはないのだろうか。」
そんな思いから、私は一人で労働基準監督署へ相談に向かいました。
相談へ向かう道中は、頭の中で何度も出来事を整理していました。
いつ、どんな経緯で彼女と衝突したのか。
なぜ会社は私だけを契約終了にしたのか。
自分の考えが感情論にならないよう、できるだけ事実だけを説明しようと繰り返しシミュレーションしていたことを覚えています。
ところが、相談は思っていたよりもあっさり終わりました。
形式が「業務減少」なら労基は動けないという冷たい現実
担当者から説明されたのは、おおむね次のような内容でした。
会社が契約終了の理由として「業務減少」を挙げている以上、その理由だけで直ちに違法・不当とは判断できないこと。
たとえ背景に人間関係のトラブルがあったとしても、労働基準監督署ができるのは会社への任意の注意や話し合いを勧めることまでであり、会社が応じなければ、それ以上介入できる範囲は限られているということでした。
相談時間は、おそらく10分ほどだったと思います。
もちろん、担当者の説明が間違っていたとは思っていません。
制度上できることを、淡々と教えてくださったのだと思います。
それでも帰り道、私は強い無力感に包まれました。
「やっぱり私は、切りやすい立場だったから選ばれたのだろうか。」
そんな考えまで浮かび、自分自身がとても惨めに感じられました。
【後悔からの教訓】会社と戦うなら、絶対に「日時付きのメモ」と「録音」が必要だった。
ただ、時間が経った今だからこそ、この経験から読者の方へ一つだけ伝えたいことがあります。
それは、「証拠は在職中から集める」ということです。
当時の私は、出来事を頭の中では整理していました。
しかし、日時ごとの詳細な記録や、客観的に確認できる証拠は十分とは言えませんでした。
もし今の自分が当時へ戻れるなら、
・何月何日の何時頃に何があったのか
・誰がその場にいたのか
・どんな会話が交わされたのか
そうした内容を、できるだけ具体的に残しておきます。
可能であれば、法律や就業規則を確認したうえで、会話の記録方法についても早い段階から検討したと思います。
会社の説明に納得できなかったとしても、「事実」を示せるかどうかで、その後の選択肢は大きく変わります。
私はこのことを、自分自身の経験から痛感しました。
「何も起きていない今」こそ、未来の自分を守る準備ができる。
それが、この10分間の相談から得た一番大きな教訓です。
公正証書の検討|復帰後の元同僚から名誉を守るため、本気で戦おうとした戦略
退職が決まった後も、私の不安は終わりませんでした。
むしろ、会社を去った後のほうが怖いと感じていました。
その理由は、休職していた彼女が4月から復職することを知っていたからです。
私がいなくなれば、職場で起きた出来事を訂正する人はいなくなります。
もし彼女が、自分の行動を正当化するために新しい話を作ったら。
もし私について、さらに事実と異なる噂が広がったら。
そう考えると、退職後も自分の名誉が傷つけられ続けるのではないかという恐怖がありました。
そんな中で、味方になってくれていたMさんから聞いた話は、私にとって大きな衝撃でした。
彼女は私だけではなく、同じ部署で働いていた既婚の男性社員Bさんについても、「二人は怪しい」「いつも上目遣いで色目を使っている」といった内容を話していたというのです。
もちろん、それは事実ではありません。
私自身への名誉を傷つける内容であると同時に、Bさんやそのご家族に対しても非常に失礼な話でした。
私は強い憤りを感じました。
そして初めて、「このまま何もしないわけにはいかない」と考えるようになりました。
言い訳させない。会社住所で本人宛に送り、本気度を示すという自衛戦略
当時、本気で検討したのが、公正証書の作成でした。
会社宛てに、部署名と彼女の名前を宛先として送付し、「これ以上、事実に反する内容で私の名誉を傷つける行為が続くのであれば、法的な対応も視野に入れている」という意思を正式な形で示そうと考えたのです。
もちろん、その目的は相手を追い詰めることではありません。
これ以上、新たな噂や虚偽の話を広げさせないための抑止力として、自分が本気であることを示したかったのです。
しかし、その計画は実現しませんでした。
第三者の証言の壁。味方だったMさんの躊躇を察し、泣く泣く諦めた大人の選択
理由は、これまで支えてくれていたMさんの存在でした。
公正証書を進めるとなれば、第三者としてMさんの名前が出る可能性があります。
Mさんは協力を惜しまない姿勢を見せてくれていましたが、一方で、自分が当事者として関わることへの不安も抱えていました。
私は、その気持ちもよく理解できました。
私のためにここまで動いてくれた人へ、これ以上大きな負担を背負わせたくはありませんでした。
そのため、公正証書の作成は断念しました。
今振り返っても、この判断が正しかったのかは分かりません。
ですが一つだけ確かなことがあります。
私は最後まで、「女同士のよくあるトラブル」として済ませるつもりはありませんでした。
自分の名誉を守るために何ができるのかを調べ、考え、行動しようとしたこと。
その過程は、たとえ結果として形にならなかったとしても、自分自身が理不尽さに屈しなかった証だったと思っています。
職場で起きた出来事を、感情だけで終わらせない。
事実を整理し、必要であれば専門機関へ相談し、自分を守る方法を探す。
それは決して大げさなことではなく、働く一人ひとりが持っていてよい権利なのだと、この経験を通して強く感じました。
最後の送別会で暴かれた、彼女が裏で流していた「おぞましい大嘘」の全貌
退職まで残り二週間ほどになった頃、親しくしてくださっていた方々が小さな送別会を開いてくださいました。
集まってくれたのは、味方になってくれていた先輩のMさんをはじめ、本当に限られたメンバーだけでした。
会社では最後まで言えなかったことも、その場では少しずつ本音として話せる空気がありました。
その席で私が知った事実は、これまで抱いていた違和感をさらに大きくするものでした。
「あなただけにしか言えない」の大安売り。小賢しい根回し
Mさんは、彼女から以前、「あなたにしか話せない」と前置きされたうえで、私から一方的に怒られ続けているという相談を何度も受けていたそうです。
ところが話を聞いているうちに、その全く同じ内容を男性社員のBさんにも繰り返し相談していたことが分かりました。
「実は、Bさんにも同じことを何度も話していたみたい。」
その言葉に、Mさん自身も驚きを隠せない様子でした。
私はその話を聞きながら、一人の人へ打ち明けた悩みではなく、複数の人へ同じ内容を伝えることで、自分への印象を少しずつ作り上げていたのではないか、と感じました。
もちろん、その真意は本人にしか分かりません。
しかし、少なくとも私には、味方を増やすために周囲へ丁寧に根回しが行われていたように受け止められました。
総務部長の本音。「ごねて辞めない人」を残す組織の事なかれ主義
さらに、その送別会では、会社側の対応についても初めて知ることがありました。
総務部長は、
「二人を会わせることができないから、意見のすり合わせができない。」
「Sさんが辞めると言わないから……。」
そのような趣旨の話を周囲へしていたそうです。
その話を聞いた時、私は複雑な気持ちになりました。
もちろん、その場にいたわけではないため、発言の前後や意図までは分かりません。
ですが私には、出来事の真偽を丁寧に整理するよりも、「どうすればこの問題を収束できるか」という判断が優先されていたように感じられました。
その結果として、契約社員である私が職場を離れるという結論になったのであれば、それはとても理不尽なことだと思いました。
送別会の終盤、Bさんは少し困ったような表情で、
「正直、何が本当なのか分からなくて……。」
と話してくださいました。
私は、その言葉を責める気持ちにはなれませんでした。
当事者でなければ、誰の話が事実なのか判断できなくて当然です。
だからこそ、一つひとつ弁明することもしませんでした。
代わりに伝えたのは、たった一つだけです。
私は、自分の名誉を守るため、公正証書の作成まで本気で検討していたこと。
それほどまでに、自分はこの出来事を軽く考えていなかったこと。
その事実だけを静かに伝えました。
それで十分だと思いました。
事実は、時間が経っても変わりません。
だからこそ最後まで、感情ではなく、自分の行動で示したいと思っていました。
⸻
全社メールに並んだ私の名前。周囲の白い目に耐えかねて、私は「正しい逃げ」を選んだ
退職までに担当していた仕事は、すべて引き継ぎを終えました。
最後まで仕事だけは誠実に終えよう。
その気持ちは変わりませんでした。
ところが、私の中で張り詰めていた糸が切れた出来事がありました。
「私の顔っていじわるかな…?」周囲の視線に自尊心まで奪われていく恐怖
ある日、全社員へ向けて「三月退職者一覧」のメールが送られてきたのです。
そこには長年勤め上げ、定年退職される方々の名前が並んでいました。
その中に、私の名前が一人だけ「契約終了」という文字とともに記載されていました。
画面を見た瞬間、胸が締めつけられるような感覚になりました。
私自身は事情を知っています。
けれど、そのメールだけを見た人はどう思うだろう。
そんなことばかり考えてしまいました。
実際に、「どうして辞めるの?」と心配して声を掛けてくださる方もいました。
他部署の方からは、
「うちに来てくれたらよかったのに。」
そんな温かい言葉まで掛けていただきました。
その優しさが、かえって涙を誘いました。
一方で、何も言われなくても感じる視線もありました。
彼女が休職した経緯だけを知っている人から見れば、「パワハラをした人が契約終了になった」と受け止められていても不思議ではありません。
もちろん、それが事実かどうかは分かりません。
ですが当時の私は、人の目が怖くなっていました。
鏡を見るたびに、
「私はそんなに意地悪そうな顔をしているのだろうか。」
「見た目から怖い人だと思われているのだろうか。」
そんなことまで考えるようになっていました。
自尊心は少しずつ削られ、自分自身まで信じられなくなっていました。
出勤をやめる決断。お給料が減っても「正しい逃げ」で身を守れ!
これ以上この場所に居続けたら、本当に心が壊れてしまう。
そう感じた私は、課長へ相談し、三月二十日頃を最後に、有給休暇などを利用して残りの期間は出勤しない形にさせていただきました。
当時は、「最後まで出勤しなければ逃げだ」と考える自分もいました。
ですが今は違います。
人は、限界まで我慢することだけが正解ではありません。
制度として認められている休暇を利用し、自分の心を守るために現場を離れることも、大切な自衛の一つです。
最後まで耐え続けて心を壊してしまえば、その後の人生を立て直すことはもっと難しくなります。
だから私は、この選択を「逃げ」ではなく、「正しい撤退」だったと思っています。
最終日、私は部署の皆さん一人ひとりへ挨拶をして会社を後にしました。
これまであからさまな敵意を向けてきたNさんにも、自分から目を見て「お世話になりました」と伝えました。
返ってきた反応はどうであれ、それでよかったと思っています。
最後くらいは、自分が胸を張れる終わり方をしたかったからです。
こうして、約一年間続いた私の職場での出来事は終わりました。
理不尽さが消えたわけではありません。
納得できない思いも、今なお残っています。
それでも最後まで、自分なりに誠実であろうとしたことだけは、これからも後悔したくありません。
そして、この経験が、今まさに職場で苦しみながら「もう逃げてもいいのだろうか」と悩んでいる誰かにとって、自分の心を守る選択肢を考えるきっかけになれば、それ以上に意味のあることはないと思っています。
ちなみに、この話には後日談があります。
私は有給をすでに使い切っていたため、出勤をやめようと決めて以降のお休みは当然「欠勤(無給)」として処理されると思っていました。自分の心を守るためなら、お給料が減っても構わないと腹をくくっていたのです。
しかし、退職後にハローワークの手続きに必要な「離職票」を受け取りに行った際、総務部長から信じられない言葉をかけられました。
「あ、あの最後に休んだ分だけどね、特例で『出勤扱い』にしてお給料は全額出しておいたから」
額面通りに受け取れば、会社からの「最後の優しさ」に見えるかもしれません。しかし私は、その言葉の裏にある組織のドロドロした本音を見抜いていました。
正当な注意をしただけの私を、大嘘つきの彼女のために「業務減少」という嘘の理由でクビにした。その明らかな後ろめたさ(罪悪感)があったからこそ、せめて最後にお金を払うことで、「これでもう恨まないでね」「円満退職だったことにしてね」と、自分たちの罪をプログラミング(フォロー)したつもりだったのでしょう。
最後の最後まで自分たちの保身しか考えていない姿に強い嫌悪感を抱きつつも、私は心の中で「会社都合でクビにしておいて、最後まで大嘘をつき通した代償だ。私の5ヶ月間の耐え忍んだ慰謝料として、お給料はありがたく貰っておくね」と、冷ややかに受け取りました。
会社は事なかれ主義で、個人が一人で法律の書類(公正証書など)を作って身を守ろうとしても、周囲の協力や手続きの壁にぶつかって泣き寝入りさせられそうになるのが冷徹な現実です。
もしあの時の私と同じように「いなくなった後も裏でどんな嘘をつかれるか分からない」「自分の名誉を絶対に守りたい」と本気で戦うなら、一人で抱え込まずに、テレビCMでも有名な「ココカラ」で法律のプロ(行政書士や弁護士)に格安でネット相談する裏技を頼ってみてください。
自分でポケットに忍ばせておく【超小型ボイスレコーダー】で集めた確実な証拠を武器に、使える大人の防衛策は賢くフル活用していきましょう。


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