彼女がいない職場。私の「日頃の行い」が嘘を暴き始める
彼女が休職してから、私の職場環境は大きく変わりました。
それまで私は、工場での検査・軽作業を行う中で、ほとんどの時間を彼女と2人きりで過ごしていました。しかし彼女がいなくなったことで、自然と他の社員やパートの方々と関わる時間が増えていったのです。
当時の私は、「自分がパワハラ加害者として見られているかもしれない」という不安を抱えながら出勤していました。
誰がどのような話を聞いているのか分からない。
どこまで誤解が広がっているのかも分からない。
そんな状況の中で、私が唯一心掛けていたことは、彼女の悪口を自分から言わないことでした。
納得できないことは数え切れないほどありましたが、自分まで感情的になれば状況はさらに悪化すると考えていたからです。
そんな中で救いになったのが、同じ部署の先輩だったMさんの存在でした。
Mさんは、おそらく彼女から私に関する話を色々と聞いていたはずです。それにもかかわらず、最初から私を敵視することはありませんでした。
私が不安そうな表情を見せていた時も、
「体調不良ということで通しておきましょう」
と自然にフォローしてくれました。
その言葉にどれだけ救われたか分かりません。
誰も信じてくれないかもしれないと思っていた時期だったからです。
そして彼女が休職してから2か月ほど経った頃、Mさんと一緒に作業をする時間が増えたことで、少しずつ状況が変わり始めました。
ある日、Mさんは私にこう言いました。
「やっぱり彼女から聞いていた話と、実際の〇〇さんの人柄が違う気がする」
その言葉を聞いた時、私は初めて、自分の見てきた出来事を説明してもいいのかもしれないと思えました。
それまで私は、自分から事情を話すことを避けていました。
言い訳に聞こえるかもしれない。
悪口合戦になるかもしれない。
そんな不安があったからです。
しかしMさんは先入観ではなく、自分自身が実際に接した印象から違和感を持ってくれていました。
そこで私は、これまで何があったのかを順を追って説明しました。
日常的な悪口。
話し合いの経緯。
業務上のトラブル。
そしてパワハラという形で話が進んでしまったこと。
するとMさんは、
「もう一度きちんと話を聞いてもらった方がいい」
と言い、総務や統括部長への再ヒアリングを勧めてくれたのです。
私が何かを証明したからではありません。
ただ普通に仕事をし、普通に人と接していた結果として、これまで流されていた話との矛盾が見え始めただけでした。
この時私は初めて、人は言葉よりも行動を見ているのだと実感しました。
そして同時に、真実は一度埋もれても、時間とともに少しずつ表に出てくることがあるのだと知ったのです。
味方、スルー、あからさまな敵意。二極化していく同じ部署の人間模様
しかし、彼女の休職によって全員の見方が変わったわけではありませんでした。
むしろ職場の人間関係は、以前よりもはっきりと二極化していったように感じます。
その象徴が、50代社員のNさんでした。
Nさんは彼女が在籍していた頃から特に親しくしており、彼女の話をよく聞いていた人物です。
彼女が休職して以降、Nさんの態度は明らかに変わりました。
それまで普通に交わしていた会話がなくなり、目が合えば睨まれるような感覚を覚えることもありました。
必要最低限のやり取り以外は避けられているようにも感じました。
もちろん、本人に確認したわけではありません。
しかし私には、「彼女がいなくなったことで、向ける先を失った感情が私に向けられている」と感じられました。
一方で、40代社員のBさんは全く別のタイプでした。
Bさんはもともと感情を表に出さない人で、誰に対しても一定の距離感を保つ人でした。
当時の私は精神的にかなり追い詰められており、仕事中に涙をこらえることもありました。
しかしBさんは特に声を掛けることもなく、淡々と仕事を続けていました。
私は正直、「この人は何も思っていないのだろう」と感じていました。
ところが退職後の送別会で、意外な事実を知ることになります。
彼もまた、彼女から繰り返し相談を受けていたのです。
「いつも怒られる」
「怖い」
「辛い」
そんな話を何度も聞かされていたことを後になって知りました。
それでも彼は、その話だけで私を判断することはありませんでした。
だからこそ、あえてどちらにも加担せず静観していたのかもしれません。
そしてもう一人、印象的だったのが直属の上司であるKさんでした。
Kさんは総務から状況を共有されていたはずです。
しかし最後まで態度を変えませんでした。
私に必要以上に肩入れすることもなければ、逆に突き放すこともありませんでした。
後から聞いた話では、他部署から事情を聞かれても口外しなかったそうです。
当時はその姿勢を冷たいと感じたこともありました。
しかし今振り返ると、それは管理職として非常に誠実な対応だったのかもしれません。
誰かの噂話を広げることなく、事実だけを見ようとしていたのですから。
こうして振り返ると、人は同じ出来事を見ても全く違う受け取り方をします。
味方になる人。
距離を取る人。
敵意を向ける人。
どれが正しくてどれが間違いという話ではありません。
ただ一つ確かだったのは、誰かが流した噂だけで永遠に評価が決まるわけではないということでした。
人は最終的に、自分の目で見た現実によって判断する。
そのことを私は、この5か月間で学んだのです。
公平を装う総務部長の「不気味な偵察」と「的外れな経験談」
彼女が休職して間もない頃、私はある違和感を覚えていました。
それは、普段ほとんど接点のなかった総務部長の存在です。
総務部長は50代の男性で、私とは業務上ほとんど関わりがありませんでした。
それまで個人的に話した記憶もほとんどありません。
ところが彼女の休職後、なぜか総務部長が私に一言声を掛けてくるようになったのです。
「おはようございます」
「体調はどうですか」
本当に短いやり取りです。
しかし、それまで全くなかった行動だったため、私はどこか不自然さを感じていました。
当時は理由が分かりませんでした。
ですが後になって総務とのヒアリングが行われたことで、あの時の違和感の正体に気づきます。
今思えば、私がどのような様子で働いているのかを観察していたのかもしれません。
もちろん真意は分かりません。
ですが少なくとも、私にはそう感じられました。
そして後日、総務部長との面談が行われます。
私はそれまでの経緯をできるだけ冷静に説明しました。
日常的に続いていた悪口。
業務上のトラブル。
話し合いの内容。
そして私自身が感じていた精神的な負担。
感情的にならないよう注意しながら、一つひとつ順番に話しました。
しかし、面談を終えて残った印象は意外なものでした。
総務部長は終始落ち着いていました。
声を荒げることもありません。
私の話を遮ることもありません。
一見すると非常に公平で冷静な対応だったと思います。
ですがその一方で、どこか感情の存在しない事務処理のようにも感じました。
目の前にいる人間ではなく、案件として処理されているような感覚です。
特に印象に残っている出来事があります。
私が、
「私は彼女の悪口や周囲への攻撃的な発言をやめてほしかっただけなんです」
という話をした時のことでした。
総務部長は自分自身の経験談を語り始めました。
内容は、
「どんなに褒めるところのない子でも、親から褒めるように言われた」
というものでした。
おそらく彼なりに、人の良い部分を見る大切さを伝えたかったのだと思います。
ですが当時の私には、その話がどうしても噛み合っているようには感じられませんでした。
私が相談していたのは、人を褒めるかどうかの話ではありません。
日常的な悪口や業務上の問題についてでした。
それに対して返ってきたのは、まるで別の方向を向いた人生訓のような話だったのです。
その瞬間、私はある種の諦めを感じました。
この面談は、私の苦しさを理解するための場ではない。
組織として必要な手続きを進めるための場なのだと。
総務部長は最後まで公平そうに話していました。
しかし私には、その公平さの向こう側にある冷たい壁が見えた気がしました。
会社という組織が守ろうとしているもの。
優先しているもの。
少なくとも、それは私個人ではないのだと感じたのです。
社長からの見えないプレッシャー。居場所を奪われていく5ヶ月間
彼女が休職してからも、職場の空気が完全に元に戻ることはありませんでした。
むしろ私は少しずつ、自分の居場所が失われていく感覚を抱くようになります。
その象徴的な出来事がありました。
ある日、うつ病で休職していた社員のTさんと社長が話し合いを始めたのです。
本来であれば非常にデリケートな内容だったと思います。
復職に関する話。
本人の体調。
今後の働き方。
どれも周囲に聞かせるべき内容ではありません。
ところが、その話し合いはなぜか私のすぐ近くで始まりました。
私の机は作業スペースの中でも比較的人目につく場所にありました。
そこで話をすれば、周囲に内容が聞こえてしまうことは容易に想像できます。
当然、私の耳にも会話は入ってきました。
私は強い違和感を覚えました。
なぜこの場所なのだろう。
なぜわざわざここで話す必要があるのだろう。
もちろん偶然だったのかもしれません。
私の考え過ぎだった可能性もあります。
ですが当時の私には、その場にいること自体が非常に居心地の悪いものに感じられました。
なぜなら、その会話はまるで「パワハラ被害者」と会社側のやり取りを見せつけられているような感覚を伴っていたからです。
私は聞くべきではない話だと思いました。
そして静かに席を立ち、その場を離れました。
誰かに指示されたわけではありません。
しかし、そこに居続けることができなかったのです。
その頃になると、私は職場の様々な場面で小さな違和感を積み重ねていました。
誰かが何かを言ったわけではありません。
露骨な排除があったわけでもありません。
それでも、ここにはもう自分の居場所がないのではないか。
そんな感覚だけが少しずつ強くなっていきました。
振り返れば、それは退職へ向かう準備期間だったのかもしれません。
周囲の態度。
会社の対応。
説明のつかない違和感。
一つひとつは小さな出来事でした。
しかし、それらが積み重なった結果として、私は少しずつ理解していったのです。
この場所で働き続ける未来は、もう存在しないのかもしれないと。
そして翌年2月。
私にとって決定的な退職通告の日が、静かに近づいていました。
もうこんな理不尽な会社や大嘘つきの同僚のために、自分の大切な心と時間をすり減らす必要は1ミリもありません。
次の日の朝から「あの人の顔」を二度と見ることなく、女性専用のプロの手で今すぐ会社ときれいさっぱり縁を切るための安全な逃げ道は、いつでもあなたの味方として用意されていますよ。



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